aimee-mehren’s blog

生命倫理を専攻する大学院生のブログ

クリスパーキャス9(ゲノム編集技術)の倫理的問題

2018年8月22日

こんにちは、まなです。

 

8月17日、朝日新聞の一面に以下のような記事が載っていました。

 

www.asahi.com

この記事では、ゲノム編集技術を紹介するとともに、生命科学分野での中国の台頭について説明しています。

 

中国の研究については続いて二面にも紹介がありました。

www.asahi.com

 

 

今回は、記事の内容を簡単にご紹介しつつ、遺伝子を操作することで病気を治療する「ゲノム編集技術」の問題に焦点をあてて考えてみます。

 

ざっくりいうと…

・遺伝子を操作する「ゲノム編集」が治療として使われ始めている

・治療としての効果はまだ未知数

・安全性なども含めて倫理的問題も多く、使用には慎重な意見も

 

 

 

 

ゲノムと病気

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ゲノムとは、遺伝子の総体のことを表します。

両親から半分ずつ受け継いだ遺伝子の組み合わせが特殊なものであったとき、特定の遺伝子が生まれながらに欠損・変異していたり、あるいは遺伝子が後天的に傷ついた場合にも病気になることがあります。

遺伝子疾患としてはダウン症血友病ハンチントン病などが挙げられます。また、がんのように環境要因が複数の遺伝子変異を引き起こし発症に至る病気もあります。

疾病や体質と遺伝子との関連についてはここ数年で研究が大きく進んでいます。

 

ゲノム編集とは?

遺伝子の本体であるDNAに切り込みを入れて一部の遺伝子の機能を停止させたり、特定の遺伝子を組み込むことをゲノム編集といいます。

今回記事で紹介された「クリスパーキャス9」は、DNAを切断したり張り付けたりすることが容易にできる新しい技術です。

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記事内容

<一面>

中国の病院では、ゲノム編集技術「クリスパーキャス9」が実際に治療に使われ始めている

クリスパーキャス9は、細胞の遺伝子を操作する技術(免疫の力でがん細胞をたたくことなどが可能)

・生まれつき身が多い魚や筋肉量を増やしたブタ、遺伝性難病を発症するサルなどの誕生に成功

・人体への応用については、安全性や効果はまだ確かめられていない

・予期せぬ遺伝子の改変など、危険もありえるため、欧米は慎重な立場

・中国はアメリカに比べて審査がゆるいため、臨床研究を早くに始めることができた

・すでに30人の患者を担当した医師もいるが、効果はまだ明らかになっていない

 

<二面>

・中国は、日本も含めて優秀な研究者を多く引き抜いている

←研究者も審査がゆるく早く研究を進められる中国に魅力を感じている

・しかし、臨床研究では患者の健康を脅かす恐れもあるため、審査のゆるさは危険でもある

生命科学分野はビッグビジネスでもあるため、中国では国から多額の資金が提供されている

(そのため優秀な研究者を高い報酬で雇うことができる)

・科学分野全体でみれば研究開発費は今年アメリカを抜いて一位になる見込み

・2015年、中国ではすでに受精卵の編集が行われた

→これを受けて、アメリカで新たな国際的ルールを作る動きが出てくる

→国際会議で、遺伝性疾患の治療目的であればゲノム編集技術の使用を認めることが決定

・中国は、再生医療に関するルール作りにも参加するなど(自国に有利なルールを作り、その分野で優位に立つため)存在感を大きくしている

・日本は、中国を欧米と同じ土俵に引き込むように働きかけるべきだろう

 

 

ゲノム編集(遺伝子操作)の問題点

遺伝子組み換えベビーの可能性と問題については以下のページでも簡単に紹介しています。

aimee-mehren.hatenablog.com

 

前述した通り、「クリスパーキャス9」はDNAを切断・張り付けを容易に行える技術です。こうしたDNAの改変、つまり遺伝子の組み換えを人間に対して行う場合にはどのような問題があるのでしょうか。

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 ①安全性の問題

・オフターゲット

クリスパーキャス9は、DNAを自由に切断したり張り付けたりできる技術だと紹介しましたが、DNAの中の切断する部分を正しく見つけられない場合があります。

この問題については、ゼロリスクは大変難しく、ほぼ不可能だとも言われています。

 

・がん化の危険

クリスパーキャス9を用いた細胞はがん化するリスクが高いことがわかっています。しかし、技術を用いてからどのくらいでがんになるのかわかりませんし、遺伝子操作ということもあって、このリスクは世代をまたぐかもしれません。

どれくらいのスパンでがん化を確認し、危険だと認定すればよいのか、判断がついていない状態です。

 

・不可逆性

DNAのどの部分を改変したのかは、あとからはわからないといいます。

もちろん、記録を残すことはできますが、記録が失われてしまえば、その変化は取り返しのつかない、不可逆的なものになってしまいます。

 

②命の選択の問題

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・優生思想への傾斜

優生思想とは、身体的・精神的に秀でた能力を有する者の遺伝子を保護し、逆にこれらの能力に劣っている者の遺伝子を排除して、優秀な人類を後世に遺そうという思想です。人種差別や障害者差別を正当化してしまう考え方にもつながります。

遺伝子操作を行うということも、ある遺伝的特徴を「本来あるべきでない」と捉えることであるため、そうした遺伝子を持つ人に対する差別や偏見につながるのではないかと懸念されているのです。

 

着床前診断との関わり

単に遺伝的疾患をなくすためなら、着床前診断体外受精を行い、その受精卵を調べ、遺伝子異常が見つかれば着床させずに廃棄し、もしリスクがなければ母親の子宮に戻して着床させる)で足りるという考え方もあります。

遺伝子異常をもつ子どもが生まれなければ、遺伝子操作をして異常を取り除く必要もないからです。

もちろん、遺伝子異常をもつ子どもを産まないという時点で命の選択は行われており、上のような優生思想の問題にもつながります。

 

③ゲノムプールの問題

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遺伝子は長い歴史の中で祖先から脈々と受け継がれてきたものです。こうした継承の中で多様性も生み出されてきました。

このように長く受け継いできたものを人為的に変質させてよいのかという問題があります。

しかしこの考え方に対しては、結婚で人為的に相手を選ぶなど、どのような遺伝子を受け継ぐかは今までもある程度人為的に操作してきた、といった反論や、

遺伝子操作を行うことでより多様性を生み出せるかもしれないという考え方も対峙されています。

 

④自然の秩序に反する

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・遺伝子を人工的に改変することは、自然の法則に反している、そのようなことはすべきでない、という考え方があります。

しかし、病気を薬や手術で治したり、あるいはもっと日常的な例を考えれば、エアコンを使って空間の温度を変えたりすることも自然の秩序に反していると言えるかもしれません。

・また、自然法則に完全に反しているのならば、そもそも遺伝子操作などできないはずだ、という意見もあります。

 

⑤民主主義の前提に反する

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ドイツの哲学者、ハーバーマスによれば、民主主義の前提は各人の「偶然と努力と才能」だといいます。各人が偶然生まれつき手に入れた資質だけでなく各自の努力によっても才能を開花させ、社会に貢献していくことで豊かな社会は成り立つということです。

「偶然」とは生まれもった資質ということですが、人為的に遺伝子を改変することが可能になれば、「生まれもった資質は偶然手に入れたものであり、偶然であるという点で皆平等である」、という前提が崩れてしまうことになります。

確かに、人は生まれもったものだけでなく、親による教育や育つ環境によってもその人生を左右されるため、生まれもった遺伝子だけが「偶然」の要素であるわけではありません。

しかし、遺伝子操作の技術が広く使われることによって、遺伝子の改変が行われている人と行われていない人の間の能力格差や経済格差が不適切なレベルにまで拡大してしまうのではないかということは十分に考えられます。

 

⑥人間の条件/尊厳に反する

人間は弱さや脆さをもともともっている生き物であり、そのために連帯して生きていくことが前提だと言われています。

そのためゲノム編集は、この「連帯」という前提を壊してしまうのではないか、という懸念があります。

しかし、この考え方に対しては、「人間は不完全である、だからこそ完全なものを目指すのだ」という意見が述べられます。また、遺伝子の異常によって悲惨な人生を送る人の数を減らすことができるのはいいことなのではないか、と考える人もいます。

また、ヒト胚にも尊厳があるため(生命それ自体の不可侵さ、神聖さを大事にしなければならないため)、受精卵に対する遺伝子操作などはなされるべきでない、という主張もあります。

 

⑦親の決定権と子の福祉

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受精卵に対するゲノム編集など生まれてくる子どもの遺伝子を操作する場合、どのように操作するのかは親が決定することになります。

遺伝子異常による病気を防ぐ、といった理由であれば、本人の意思でなくても介入していいのでしょうか

まだ生まれていない子ども、あるいはその先の未来世代の同意をとることなどできないため、難しい問題です。

 

このほかにも、遺伝子情報に関わるプライバシーの問題や、エンハンスメント、どのように市民で議論を進めていくのか、などなど様々な問題が考えられます。

 

私たちにできること

・ゲノム編集の問題点や危険性を知ること

・ゲノム編集をもし将来利用するときには、こうした問題も知った上で判断すること

・ゲノム編集は夢の新技術でもあるが問題も多いので、安易に推進しようとしないこと

 

また次回も

生命倫理に関する記事を上げていきます。

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