aimee-mehren’s blog

生命倫理を専攻する大学院生のブログ

精子提供の希望と問題点

2018年8月14日

こんにちは、まなです。

 

 

8月3日、ハフポスト日本版に次のような記事が掲載されました。
 
Xジェンダーでありアセクシュアルでもある華京院さんは、アメリカの精子バンクを利用して第一子を出産しました。今回は、精子提供という技術の希望と問題について考えてみようと思います。
 
ざっくりいうと…
精子提供はセクシュアルマイノリティやパートナーをもたずに出産することを望む人にとっての選択肢の一つになる
●生まれた子どもへの告知が十分に行われないと、子どもにとって悪影響があることも
 
 
 
 
まず、記事の中でどのように紹介されているのかまとめてみます。
 

Xジェンダーとは

f:id:aimee-mehren:20180814012459j:plain


今回の記事に登場している華京院さんは、自らをXジェンダーだといいます。Xジェンダーとは一般的に、自分の性について、男女どちらでもない、もしくはどちらでもあるといった立場をとっている人のことです。
Xジェンダーの方々の自助サークル「label X」のホームページでは次のように説明されています。

Xジェンダーとは、身体の局所的な部分や特徴もしくは社会的な性役割に対し、性別違和や嫌悪感を抱いているが反対の性になりたいとまでは強く望まない人々のことです。」
しかし、自分の性について「『決めたくない』という個人の意思に基づいた意識とは違」うといいます。
 
また、「Xジェンダーは生まれたときに割り当てられた性と反対の性で扱って欲しいわけではありません。そのため服装やしぐさ、言葉遣いなども必ずしも生まれたときに割り当てられた性と反対の性を強調している人ばかりではありません。ただし生まれたときに割り当てられた性に対する嫌悪感が強い場合は生まれたときに割り当てられた性の特徴を消す手段として、あえて生まれたときに割り当てられた性と反対の性を強調することはあります。」ともあります。
 
多様な人々を含むため、定義が難しいですが、間違った解釈は避けたいですね。
 

 

  アセクシュアルとは

f:id:aimee-mehren:20180814012530j:plain

LGBTメディアの「Rainbow Life」のホームページでは、アセクシュアルとは「性別に関係なく、他者に対して恋愛感情や性的欲求を抱かないこと」だと説明しています。

 

lgbt-life.com

また「アセクシュアルの方は恋愛感情や性的欲求は抱きませんが、友情も愛情も抱」くといいます。記事で取材を受けている華京院さんも「『(恋愛的に)好きな人がいない』と言うと『冷たい人』だと思われた」と述べていますが、「アセクシュアルから冷たい人だ」というのは大きな誤解・偏見であることがわかります。 

 

 

精子バンクを選ぶ理由

f:id:aimee-mehren:20180814012618j:plain

華京院さんは、パートナーをもたずに子どもという家族をもつとき精子提供という方法を選んだといいます。

 養子縁組制度は最低条件として結婚している夫婦であることが求められ使うことができず

見知らぬ男性に声をかけて、ワンナイトラブをして子どもをつくってしまうことにも(人を騙すことになるために)抵抗があったからだといいます。 

 

また、知人ではなく精子バンクからの精子提供を選んだ理由として、頼んだ知人男性から後に親権を要求されたり、あるいはその男性に「いつか養育費を求められるかも」といった心配をかけることを避けるといったことを挙げています。 

協力してもらった知人との仲が悪くなることで子供に悪影響を及ぼすことを避けるためにも、関わりのない男性からの精子提供で子供を産むことを選んだようです。 

 

 

精子バンクの利用料と、ドナーの情報

日本では夫婦以外への精子提供は禁止されているためアメリカの精子バンクを利用したという華京院さん。

精子の輸送には特殊な技術が必要であるため、送料は高いところで80〜100万円かかるところもあるといいます。

華京院さんが選んだところは送料が20万円、1アンプル(2ml)分の精子が3万円精子バンクでした。送料はやはり高いものの、アメリカからたった1日で届いたそうです。華京院さんは1カ月に3アンプルずつ使って、2カ月目で妊娠。無事に第一子を出産しました。

 

精子バンクでは、2000円ほど払うと人種、国籍、髪の色・毛質、瞳の色、骨格、身長、体重、右利きか左利きか、本人の趣味、父方・母方の祖父母の病歴や死亡した理由と年齢、本人の遺伝病検査の結果、過去にこのドナーで妊娠した人がいたかどうか......など、多くの細かい情報を知ることができると言います。

 

アメリカでは精子の提供はバイト感覚で、それほどハードルの高いこととは捉えられてないことが多いようです。

 

華京院さんは、将来子どもが真実を知りたいと思ったときに父親がどこの誰かが全くわからないという状況を避けるため、子どもが18歳になったときにコンタクトをとれる方をドナーに選んだといいます。後述するような精子提供の問題(子どもが本当の親について知ることができず悩むケースなど)を防ぐ一つの方法と言えそうです。 

 

 

それでは、精子提供が生命倫理の観点からどのように議論されているのか見てみます。

 

 

生殖医療と倫理

f:id:aimee-mehren:20180814012635j:plain

1970年代以降生殖医療技術が発展し、精子提供による妊娠・出産も行われるようになりました。今回の記事の方のように、初めからパートナーをもたずに妊娠・出産し子育てすることも今では可能です。 

これまでは愛・性・生殖は三位一体でしたが、それが崩壊し、さまざまな家族の形が可能になりました。ヒトの生殖が人工的になることにより、人間の誕生や家族のあり方に新たな倫理観が構築されていく、というのが現在の一般的な考え方です。  

 

 

リプロダクティブ・ライツという考え方

f:id:aimee-mehren:20180814012709j:plain

現在国際社会には、リプロダクティブ・ライツという考え方があります。

1994年の国際人口開発会議で採択された概念ですが、リプロダクティブ・ライツとは、すべてのカップルと個人に「子供の数、間隔、時期を自由にかつ責任をもって決め、またそのための情報と手段を得る基本的権利」のことです。

 この権利を保障するため、会議では体外受精(体外に取り出した卵と精神から受精卵を作成し、その後人工的に子宮内に戻す技術)も推奨しています。体外受精では、子を望むカップルが第三者から精子や卵や胚の提供を受けて実施することが技術的に可能ですが、そのため国内の日本産婦人科学会や厚生労働省精子提供を容認しています(婚姻した夫婦にのみ)。 

つまり、リプロダクティブ・ライツという基本的な権利を保障するためにも精子提供は認められている技術だといえます。  

 

 

精子提供の問題点(特に日本で、夫婦に提供される場合)

f:id:aimee-mehren:20180814012839j:plain

精子提供を用いた人工授精は前述した通り、夫婦に対しては日本でも認められています。しかし、日本の夫婦に提供が行われた場合には、そうしたケースならではの問題があります。

日本では、戸籍上の父母の他に生物学的父が存在していたとしてもそうした事情が戸籍に記録されることはなく、精子提供の実施や生物学的父の存在についての告知をする義務もありません。そのため、精子提供を利用した夫婦が出生に関わる諸事情を告知しない限り、生まれた人が自分の生まれた経緯を知らないということもあり得ます。

「出自を知る権利」の観点から、告知は重要だという認識は広まってはいますが、未だに一般的であるとは言えません。

また日本では、プライバシーの保護を理由に、精子提供者の匿名性が守られており、告知がなされても原則として精子を提供するドナーについての情報は誰にも開示されないため、精子提供で生まれた人は、遺伝的な繋がりがある父親と関係が断たれてしまっています。

こうした事情の中で、精子提供で生まれた人が真実を知ったとき、とりわけ成人してから思いがけないタイミングで告知を受けたとき、その人に大きな喪失感が生じうることがあります。

出生について真実を教えてもらえなかったこと、戸籍上の父と遺伝的繋がりがないこと、生物学的父について何も情報を得ることができないことに衝撃を受け、親や医師に不信感をもったり、激しい抑鬱状態やアイデンティティ崩壊に至る人もいます。  

 

 

まとめ

このように、精子提供は不妊に悩む夫婦やパートナーをもたずに出産することを望む人々にとって希望の技術であり、倫理的にも広く認められつつある技術でもあります。

一方で、精子提供の利用で生まれた子どもへの告知については、まだまだ議論の余地があることがわかります。

今後は夫婦以外への精子提供についても法整備が進められることと、華京院さんのように将来的には子どもに告知ができるようなシステムが整えられることが求められると思います。 

 

私たちにできること

精子提供を受ける人々の事情(今回でいえばXジェンダーアセクシュアル)について理解を深めること

精子提供が一つの権利として認められてきているということを知ること

精子提供を受けるときには、子どもへの告知という問題について意識する 

 

 

また次回も

生命倫理に関する記事を上げていきます。

読者登録、よろしくお願いします。